“視野障害”は自覚がない!?
目の前にある景色。でも、そのなかに存在するものが、自分にだけ見えていなかったとしたら。猫がいるはずの場所にはただ道が広がっていて、机の上にあるはずのペンはない。信号機があるはずの場所には青空が広がり、信号機が消えてなくなっている。そこだけ黒くなっているわけでも、ゆがんでいるわけでもない。ただ存在が消えている。それが視野障害である。
視野障害は、このように視野の一部が欠けていく(見えなくなっていく)。代表的な病気は、緑内障と網膜色素変性症だ。欠けていく部分も速度も、人によって違う。左右の目でも違う。左右の欠ける部分が重なったとき、そこだけ見えなくなるというわけだ。前述の「青空が広がっている」は、見えない部分を脳が補正するために起こる。

緑内障は、治療をしても治ることはなく、視野が欠けていく進行を遅らせることしかできない。また、緑内障の場合、40歳以上の5%の人が発症しているといわれており、左右の目で欠けている部分が違うことで、本人が気づかないことがほとんどだ。西葛西・井上眼科病院の副院長である國松志保医師によると、緑内障と診断される人の多くはコンタクトレンズを作りにきたり、健康診断の「眼底検査」でひっかかり、眼科を受診してわかるという。
クルマの運転は、認知~判断~操作の連続だが、認知の前に、見るという行為がある。見なければいけないものが視野障害で見えていないなんて、想像するだけでぞっとする。では、視野障害が少しでもあれば、運転はできなくなってしまうのか。答えはノーだ。どこが見えていないのか、どこが見えづらいのかを知れば、行動である程度、補うことができる。
2019年7月、「運転外来」開設
西葛西・井上眼科病院には、眼科医療機関では日本初の運転外来がある。視野障害のある患者に、専用に作られたドライビングシミュレータでコースを走ってもらい、どこが見えていないのかを確認し、安全運転やQOL(Quality of Life)の向上につなげてもらおうというものである。



ドライビングシミュレータには、視線追跡装置がついており、自分が今、なにを見ているかが赤い点で示される。走っているあいだのコースの画像はすべて録画されていて、終了後、その画像を見ながら、國松医師の説明を受ける流れである。
取材時に診察に来ていたA氏の場合、事前の視野検査で左右の欠損部分を重ねあわせたところ、真ん中よりも上の部分が見えていないことが確認された。その後、ドライビングシミュレータでチェックした結果、前を走るクルマを注視していたときに、その上方にある信号機の存在そのものが見えず、赤信号の交差点を突っ切る行動が見受けられた。まさに、視野検査で欠けている部分と一致して、信号機を見落としてしまったのである。
A氏によると、ふだんから運転中に同乗者に、赤信号の見落としをよく指摘されていたという。自分はそんなに注意力が散漫なのかと不安に思っていたそうだが、今回、その原因が目にあるとわかって、気持ちの整理ができたという。
國松医師によると、A氏のように上の方が見えていない人は今後、信号機がありそうな交差点を通過するときは、信号機を確認するクセをつけることで、見落としを減らしていけるという。自分はどこが見えにくく、なにを見落としやすいのかを具体的に把握することは大切なのである。
近年は、企業の担当者にうながされて運転外来を受診する人が増えているという。物流関係はもちろん、営業でクルマを使う場合もある。業務中の事故ゼロを目指して、飲酒運転だけでなく、視野障害にも積極的に取り組んでいる企業が増えていることは喜ばしいことだ。國松医師は、「小さな接触事故をそのままにせず、見えていなかった可能性もあるので、ちょっとでも事故やヒヤリハットがあれば、視野障害を疑ってほしい」と呼びかけている。視野障害の有無を調べる視野検査は、眼科ならどこでもできる検査なので、40歳を超えたら、まずは近くの眼科を受診しよう。
視野障害があっても、多くの場合は、注意をすれば運転は続けられる。そして、もしも視野障害が進行していた場合でも、事故を起こす前に運転をしない選択もできる。繰り返すが、視野障害は進行性。早く見つけて対応し、かつ、治療を続けることが、なによりも大切なのである。
(岩貞るみこ)

〒134-0088 東京都江戸川区西葛西3-12-14 TEL:03-5605-2100
https://www.inouye-eye.or.jp/nk-hospital/