自動車を運転するとき、突然視界に現れる歩行者や障害物に肝を冷やした経験があるかたは少なくないでしょう。自分自身や身近な人が、ウッカリ車体をこすって傷を付けてしまったり、信号や交通標識を見落とす回数が増えたりしたと感じることはありませんか? 原因は加齢で頭が鈍ったせい…とも限らないのです。

さて、今回は運転に最も密接に関わる「ものを見ること」にまつわるお話を眼科専門医と認知メカニズムの研究者から伺いました。テーマは「視野障害」です。神戸アイセンター病院 研究センター長 髙橋政代氏、西葛西・井上眼科病院 副院長 國松志保氏、筑波大学 教授 伊藤誠氏を招き、7月8日にオンラインセミナーを開催しました。

「視野障害と自動運転の交叉点」オンラインセミナー全編

神戸アイセンター病院 研究センター長 髙橋政代氏 基調講演「技術を育てる – iPS細胞と自動運転の共通点」

西葛西・井上眼科病院 副院長 國松志保氏 基調講演「症例紹介『運転外来の現場より』」

筑波大学 教授 伊藤誠氏による講演〜パネルディスカッション

■「運転外来」と「視野障害」

運転免許の取得や更新の際、視力検査が義務づけられています。欧米では視力に加え、視野も検査対象になっています。この視野に障害があると運転には大きな支障をきたすことになるのです。

視野障害とは、何らかの理由で「視野」の一部に見えない場所(欠損)が生じている状態です。人間の目は左右両方から入る光を脳の中で重ね合わせ、世界を立体的に見ています。この仕組みから、片側の視野に部分的な欠けがあっても自覚症状はないことがほとんどです。例えば、片方の目を軽く手で覆ってみましょう。片側の目だけで、視界全部が見えていると感じてしまいます。しかし、目の前の景色が完璧に見えているわけではありません。片方の目を全部隠しても、「ちゃんと見えている」と感じる程ですから、視野の一部が少し欠けても、日常生活に支障が出にくいのです。

視野に部分的な欠けができていないかを知るには「視野検査」が必要です。この検査結果を安全運転に活かすため「運転外来」が作られました。眼科医療機関第1号は西葛西・井上眼科病院で、2019年7月から診察が行われています。

診察では、専用に開発されたドライビングシミュレータを使います。検査結果と運転データを合成し、視野欠損が運転にどのような影響を与えるか客観的に知ることができます。シミュレータでは選りすぐりの危険な状況を再現し、患者はいつも通り運転します。視線追跡装置により、その時ドライバーがどこを見ていたのか、景色はどのように見えていたのかを動画で振り返ることができるのです。

視覚障害がバレたら、免許を取り上げられてしまうかもしれない。そんな心配から運転外来の受診をためらう人がいるかもしれません。ですが、目的は真逆です。視力が低くても眼鏡着用で免許が持てるように、視野欠損があっても、「自分が見えにくい場所を知り、意識して注意する」ことや「センサーや自動運転技術に運転をアシストしてもらう」ことで運転を続けることができます。

■意外と身近で気付きにくい「視野障害」

視野が狭くなる2大原因が緑内障と網膜色素変性で、視覚障害の4割とも言われています。緑内障は40歳以上の5%が発症しているとも言われており、ほとんどの人が自覚症状はないといいます。

緑内障には痛みがなく、視野の欠損も自覚しにくい性質があります。発見されるのが健康診断の眼底検査でというケースが多いです。緑内障で失われた視野を元に戻すことはできませんが、早期発見と早期の治療開始、治療の継続で進行を遅らせることができます。

今回お話いただいた國松志保先生の「自覚症状が乏しいので、ぜひ周囲のかたにも視野障害を疑う機会を持っていただき、診断や治療に繋げられたらと思っています」のメッセージを受けて、自動車にかかわるすべての人が知っておく必要のある障害だと知りました。とくに、健康診断などで眼底検査の結果を見る機会が多い眼科の先生、軽微な事故や違反者と接する機会が多い警察の方、業務で使用する車両の管理をされている部門の方、自動車保険の関係者などにも「視野障害」を知っていただくことで、運転外来の受診に繋がる人が増えることが期待できます。

実際に車体をこすったという報告を聞いた上司が受診を勧め、視野障害がみつかったケースもあるそうです。運転外来へは「車体をこすったり、歩行者に気付くのが遅れたりするのは、歳を取ったからだと思っていました。自分の運転が下手になったのではないか、とても不安で怖かった。原因と対処方法がわかり、ホッとしました」という感想が寄せられているとのこと。

10年後、20年後も安全運転を続けるために、「視野障害」、「運転外来」という言葉をぜひ覚えておいてください。

(富山佳奈利)