交通情報環境等のデータを活用し、京都の観光・交通課題の解決を図るアプリコンテスト『KYOTO楽Mobiコンテスト』。11月7日に行われた表彰式では、授賞式の後にパネルディスカッション「ポスト・コロナにおける京都の観光・交通の課題と解決」が開催されました。

パネリストは、京都観光おもてなし大使で壬生寺の副住職を務める松浦俊昭氏、選考委員長の慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 白坂成功教授、SIP自動運転プログラムディレクター 葛巻清吾氏、京都市都市計画局 歩くまち京都推進室 保田光春課長、コンテスト受賞者の松岡輝樹氏、武蔵恵理子氏。SIP cafeマスター清水和夫がコーディネーターを務め、データの活用による課題解決へ向けた、継続的な取り組みについて意見を出し合いました。

データから新たな価値を生み出す

白坂:今回のコンテストの選考では、データをどのように使って京都の課題を解決していくか、という点を重視しました。現代社会では、データを単に分析するだけでなく、何らかの価値を生み出して課題を解決することが求められています。松浦副住職からお話がありましたが、京都では観光客の急増による混雑が長年の課題でした。コンテストの応募者からは、データを使った手ぶら観光や画像による混雑予想など、さまざまなアプローチが寄せられました。

葛巻:膨大なデータから価値を生み出すことは、非常に重要です。アメリカが牽引してきた情報社会、つまりSociety4.0では、残念ながら日本は負け続きでした。ネット環境はとにかくアメリカが強かった。しかし、リアルとバーチャルをどう融合させるかがカギとなるSociety5.0の時代は違います。もともとリアルなものづくりに強い日本が、もう一度勝てるチャンスだからです。

清水:昨今話題のスマートシティも、まさにリアルとバーチャルの融合です。街自体のインフラは変わらなくても、データを活用することでリアルの生活やインフラがより快適に生まれ変わる。それが本来のスマートシティですね。

データのオープン化が新たな創造につながる

保田:行政はこれまで、データのオープン化になかなか踏み切れませんでした。しかし今回、交通情報のデータを公開したことで、歩くまち・京都賞(アプリ開発部門 最優秀賞)を受賞した松岡さんのような“日曜プログラマ”の方が、素晴らしいアイデアを出してくれたのは大きな進歩だったと思います。

清水:趣味でアプリ開発を手掛ける松岡さんは、受賞したアプリ『京都観光アシスト』の今後の展開をどう考えていますか?

松岡:『京都観光アシスト』は、厳密なビジネスモデルを考えて作ったわけではありません。ただ、今後どういった形で具体的な京都の課題解決に貢献していくべきか、考える叩き台にしていきたいと思います。

清水:松岡さんは民間企業に所属せず活動する個人のプログラマですが、一般的な民間企業の場合、アプリ開発といえば真っ先にマネタイズを考えますよね。そこで今回、SIP自動運転賞(アプリアイデア部門 最優秀賞)を受賞した武蔵さんにお伺いしたいのですが、民間ではない学術機関が、データから新しい価値を生み出す際にできることは何でしょうか?

武蔵:今回アプリを考案する前にまず、京都の街が抱える課題を“発掘する”という作業を行いました。マネタイズはもちろん大切ですが、まず現状の課題を洗い出すこともまた、大学に求められるアプローチではないでしょうか。

Society5.0では、データが市民のインフラになる

白坂:これからは、データがインフラとなる社会を迎えます。受賞された松岡さんは、お子さんが京都の大学に進学したことをきっかけに、京都の観光課題を解決するアプリを思いついたとお話しされていましたね。まさにそれこそCivic Tech(シビックテック)。新しいものをゼロから作れといっても、作れないものです。今後は、市民や事業者が主体的に活用できるようなデータインフラを作ることが地域の課題解決につながるでしょう。

清水:市民の側にも新たな意識が必要ということですか?

白坂:そのとおりです。自分たちで課題を解決するのだという意識が必要。このコンテスト自体も、その可能性を試しているといえるかもしれません。

清水:これからは行政でも民間企業でもなく、市民が中心となってデータを活用していく社会になるということですね。

松岡:日曜プログラマーである自分にとって、Civic Tech(シビックテック)という言葉は非常に納得感のあるものです。これからもシビックテックの担い手として、新たな成果を形にしていきたいと思います。

データの活用で、ソフトの価値を向上させる

葛巻:京都は古い街で、いわばハードが古い。でもソフトはこれからどんどん変わっていく可能性を秘めています。たとえば自動車は今までハードばかりを重視していましたが、これからはソフトウェアをアップデートすることで価値を向上させていく時代です。地域社会もこれと同じで、ソフトを向上させていくべきなんですね。そのためにも、縦割りでデータを管理している官公庁はもっと連携してデータを提供してほしい。

武蔵:大学などの学術機関にも貴重なデータがたくさん眠っていますが、現状ではなかなかオープンにできていません。大学同士が連携してデータを提供すれば、今よりもっと地域社会に貢献できるはずです。

葛巻:そもそも今回、応募者の皆さんに提供したような交通情報データも、7~8年くらい前まではとても公開できなかったと思います。官公庁は『責任が取れないから』とデータを出さず、民間もまた『データは利益を生む宝の山だから』と渋る。そんなもったいない時代が長く続いてきました。

清水:今までは多くの企業が、大量のデータを墓場まで持って行っていたわけですね(笑)。でも本来、データは皆で使い合ったほうがいい。データの共有ということをやっていけば、今のアメリカのようにほぼ1社がデータを独占している社会よりも幸せな未来が訪れるのでは、という気がしますね。日本は世界屈指のデータ蓄積国ですから。

清水:近年、高齢化少子化や環境・エネルギー問題などが取り沙汰されていますが、自動車業界でいうCASEの領域でも、環境やガバナンスを重視するESG投資のようなことが起きるかもしれません。新しい課題を解決するためなら、資金も集まりやすい。そんな価値観が浸透する未来が見えてきます。

白坂:データは今後、現状の分析だけでなく予測にも使えるようになるでしょう。まだまだやれることは相当ある。大きくハードを変えなくても、ソフトを工夫すれば課題は解決できる時代です。SIPの活動が、その一助となればと思います。