団地の居住者を対象に自動運転バス(GACHA)の体験乗車が2022年5月25日から6月2日まで実施された

6月上旬の梅雨前とは思えない青い夏空と入道雲の下、千葉の花見川区にて自動運転車に試乗。今回はフィンランドからはるばるやってきた世界に一台しかない自動運転車。フィンランドで自動運転を開発する企業Sensible 4の自律走行型シャトルバス「GACHA」だ。フィンランドという過酷な自然環境での走行を想定しているため、降雪や霧などの厳しい気象条件下でも自動運転を可能にするよう開発され、既にヘルシンキ市内や交通量の多い都市部を運行してきた実績がある。外観は丸っこくて可愛らしく、聞けばトイカプセルの「ガチャガチャ」が名称のGACHAの由来とか。乗り物に楽しさやワクワクを求めるコンセプトを一目で感じるインパクトがある。

なぜ、花見川区での自動運転実証実験なのか。京成電鉄八千代台駅からバスで10分ほど行ったところに、花見川団地という千葉県内最大の団地がある。全国のニュータウンの例に漏れず、ここも人口が減少している。1993年3月時点に約2万1570人いた団地住民は、2022年3月時点で約1万1350人とほぼ半減し、65歳以上の人口も44.3%に登るという(千葉市内平均高齢化率は26.3%)。

日本では、1950年代の高度成長期に都市部に人口が集中したことから、住宅が不足した。その解消のため、1960年代から80年代にかけて、都市部に通勤しやすい郊外に「ニュータウン」として大規模な団地が多数建設され、若い世帯を誘致した。当時の一般的な家族形態は、サラリーマンの父親と専業主婦の母親、それに子どもが2人というものだったので、住居形態としてはそれに向けた形態のものが大量に供給された。

しかしそれから50年60年が経つと、当時の親世代はすっかり高齢者となり、子ども世代は新たな世帯を持つなど独立している。昔の団地は5階建てでエレベーターなしというタイプが一般的なため、足腰が弱ってくると上層階に上がるのは厳しい。高齢化による人口の自然減だけでなく、住み続けられなくて転居するケースも多く、空き家が増えている。これは全国のニュータウンが抱える課題である。

さらに、高度成長期に普及したのが「自家用車」だ。こうした団地ではクルマを普段の足として使っており、駐車場が当たり前のように併設されている。専業主婦の女性が通勤する夫を駅まで送迎したり、子どもの習い事の送迎するケースも多かったが、近年女性の就業率が高まり、彼女たちが家族タクシーとしてモビリティを担うことが難しくなっているという実情もある。

このように、高齢化のみならず、ライフスタイルの多様化という点においても、住宅事情やモビリティのあり方が変化してきた背景がある。

まだ世界に一台だけしか存在しないGACHA

そうした中で花見川団地が今取り組もうとしているのが、住宅・マチ・モビリティの一体改革である。このプロジェクトは、千葉市、都市再生機構(UR)、民間企業による団地を拠点とした地域生活圏活性化を目的とした「団地まるごとリノベーション」の一環で実施された実証実験で、URが管理する賃貸住宅としては全国初の取り組みという。千葉市では、結婚またはパートナーシップ宣言を機に、市内の高経年住宅団地へ転居する世帯へ補助をするなどして、若い世代の流入を図っていく計画だ。

筆者も団地を見て回ったが、団地内にある商店街はシャッターを下ろしている店舗もある一方で、一部の建物には外付けのエレベーターが設置されるなど再生に向けた工事が進められていた。花見川団地は、一般的な団地のスタイルに違わず、階段を上がると住居が2戸、さらにワンフロア上がるとまた住居が2戸という建物構造。そのため、ひとつの建物につき、階段ごとに4機のエレベーターを付けなければならず、コストがかさむため全戸に設置するわけではないだろうが、これがあることで人々の上下の移動は格段に楽になるだろう。

家から地上に降りてからは、横の移動だ。GACHAがつなごうとしているのは、最寄りのバス停までの、いわゆる「ラストワンマイル」といわれる区間。実は、自家用車生活をしていた人にとって、その部分の移動が課題となることは筆者のこれまでの調査からも明らかとなっている。自家用車依存が高い人では、「バス停まで歩く」といった習慣を持たない人が多くいるのだ。

現在、団地内には複数のバス路線があるが、敷地に高低差があるため、家からバス停までの数分間の移動でも高齢者等にとっては負担が大きいと考えられる。

GACHAで気軽にバス停まで行かれるようになれば、路線バスで八千代台駅まで行くのは難しいことではない。駅まで行けば、スカイツリーのある押上まで1本で行かれるばかりか、成田空港にも羽田空港にも1本で行かれるアクセシビリティ。一気に国内他都市を目指せるばかりか、海外へのアクセスも良いということになる。家から出る、「最初の一歩」がカギになることは明らかだ。

GACHAに初試乗する筆者(左)

こうした地域モビリティの三遊間を拾うのに、自動運転という選択肢は有効と考える。GACHAも、現在国内で社会実装されている自動運転車と同様、自動運転モードでのスピードは時速20km以下で、ゆっくりと走行する。ラストワンマイルを走るのにそれほどのスピードは必要ない。むしろ重要なのは、人が「移動したい」と感じるインセンティブを作り出せるかどうかである。その点に関していえば、グッドデザイン金賞を受賞するなどデザイン性を重視したGACHAは、通りを行く人の目をひき、「なんだろう」「乗ってみたい」と思わせる形状をしている。実際、実証実験では地域の女性や子どもの関心が特に高かったそうだ。

さらに筆者が、GACHAがやってくるのを道端でカメラを構えて待っていたとき、ランドセルを背負った男児が通りかかり、「ここって写真を撮られるくらい有名なのか」と嬉しそうにつぶやいた。「これだよ」と思う。自分の地域に関心を持つ、誇れる場所がある、自慢できる乗り物があるということ。そこに住む人が自分の地域を「好きだ」と感じ、そこにある課題に自ら向き合おうとすること。

事実、地域の人たちが自分の地域に愛着を持っていたり、課題を認識したりというケースでは、自動運転に対する受容度が高い傾向が調査結果からも見られている。そうした意識(いわゆる、シビックプライド)が高い地域であることが、テクノロジーへの受容性を高め、その導入に前向きかつ協力的な住民の賛同を得ることにつながる。その結果、他の地域より早期に、効果的に、そして安全に(ここ重要)技術の導入を進めることができる可能性が高い。以前、筆者が書いた境町の事例(「してもらうテクノロジー」から「Withテクノロジー」視点へ〜茨城県境町に見る、人と自動運転のいい関係〜 – SIP cafe 〜自動運転〜 (sip-cafe.media))と同様である。

当コラムシリーズでも何度も主張しているが、地域に新たなモビリティを受け入れてもらうのに際し、車両デザインというのは極めて重要な「メッセージ」となる。「どう見えているか」というのは、それ自体でひとつのコミュニケーションなのだ。人がフォーマルウェアを着たりカジュアルな雰囲気にしたりとTPOに合わせて見せ方を変えるのと同様である。歩車間通信(V2P:クルマと歩行者)、路車間通信(V2I:クルマとインフラ)、車車間通信(V2V:クルマ同士)など、通信を介したコミュニケーションとデータ連携の重要性が問われているが、モノ自体が発信する「ビジュアル」という情報自体が、ひとつの重要なコミュニケーションなのである。

デザインのあり方については、社会的受容性醸成における重要性の高い要素として検討すべきであると考える。自動運転サービスカーは新しいモビリティであり、「従来のクルマとは異なるもの」というメッセージを、ビジュアルでも発信する必要があるだろう。「ゆっくり走る」「運転者がいない」「システムが走らせている」ということを、「見ただけでわかる」形状にし、さらには地域で愛される見た目にするということ。GACHAを見るにつけ、改めてその重要性に気付かされた。

自動運転が提供するものは、単なるモビリティにとどまらない。魅力的な乗り物の創造は、当該地域のシビックプライドの形成や住民の意識喚起にまで及ぶということを踏まえ、その「あり方」を考えていく必要がある。