今、世界中が新型コロナウイルスに翻弄されています。ニューノーマルという言い方もありますが、新しい価値観が求められるなかで世界のクルマ事情はどう変わっていくのでしょうか。

欧州は「グリーンディール」に120兆円を投資

―コロナ禍で、自動車業界にはどのような変化が起きていますか?

海外の自動車メーカーは今、次々に戦略を見直しています。というのも、コロナでオーナーカーの開発資金が苦しくなってきているんですね。
そもそもの発端は、2019年12月に欧州委員会が掲げた「欧州グリーンディール」。2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指し、気候変動対策と経済成長を両立させるための政策アジェンダですね。そのために欧州委員会では、今後10年間に官民合わせて1兆ユーロ(約120兆円)を投資するとしています。
これまでも欧州は、2015年のパリ協定で決定した目標に向けて粛々とCO2の削減に取り組んできたのですが、グリーンディールとコロナインパクトが合わさったおかげで「どうせ社会を変革するなら、このまま以前の社会に戻るのではなく一気に変えてしまおう」という機運が高まっているんですね。

「クルマのいない街」の快適さに人々が気づいてしまった

―ヨーロッパでは、人々の価値観も大きく変わったのでしょうか。

たとえばミラノではロックダウンの結果、青い空が戻ってきたといわれています。有名なミラノ大聖堂の壁も、排ガスで黒く汚れていたのが綺麗になった。クルマが入ってこないと、こんなに綺麗で快適なんだということを皆が実感したんですね。だからアフターコロナになってもクルマの流入を制限しようとか、排ガスを出さない電気自動車にシフトしようというムーブメントが、ミラノだけでなくベルリンやパリ、ロンドン、ウィーンで起きています。
クルマの代わりの移動手段としては、歩行と自転車です。今、ヨーロッパ中の都市が「ポップアップ式歩道」といって、歩道の1レーンを棒のようなもので区切って車線を半分にし、クルマの流入を減らしています。街の中心は自転車やキックボードなどの超小型モビリティです。

―100年以上も続いてきた自動車の時代は「クルマ=豊かさの象徴」でしたが、それが変わってきている?

クルマは豊かさの象徴であった反面、環境破壊や交通事故など多くの犠牲を伴ってきました。ロックダウンされた街を見た瞬間に、人々は「クルマがいない都市って、こんなに綺麗で快適だったんだ」と気づいてしまったんですね。

デジタル化とSDGsを追い風に、変わるクルマ業界

―そうした人々の実感を、グリーンディールが後押ししたと。

そうです。グリーンディールによるCO2削減に加え、いまは世界中でDX(デジタル・トランスフォーメーション)が進んでいますから、自動車業界にはIoTを始めとしたデジタル技術を活用することが求められています。さらにSDGs(※1)の価値観やESG投資(※2)が広まり、より社会の平等に資する分野への投資が盛んになっていますから、MaaSの技術は「クルマを持たない社会的弱者も含めた多くの人に、移動の自由を提供できるんじゃないか」という期待が高まっています。
なので自動運転に関しては、「オーナーカーのレベル3」よりも社会貢献度の高い「MaaSのレベル4」に政府の予算が割かれやすくなっています。もっと言えば、銀行や投資家も、富裕層をターゲットにした自動運転技術の開発にはお金を出したがらないということです。

社会をどう「Re:デザイン」するかが問われている

―「より大勢の人々が困っている社会課題を解決するための技術」に資金が集まりやすくなっていると。そうした世界的な流れについていかなければ、日本も取り残されてしまうのでしょうか。

そのとおりです。日本もコロナインパクトによって「自動運転」や「電動化」の大義や意味、解釈を変えていく必要がある。にもかかわらず、政府はいまだに旧来型の議論をしています。たとえばCO2を下げるために、自動運転の技術を使ってトラックの隊列走行をやろうという政策がありますが、カーボンニュートラルの世界が実現して、CO2を排出してもそれをCCS(※4)のような技術で抑え込めば排出量を実質ゼロにできるわけですから、もう「燃費」という概念がなくなります。燃費をよくする必要がなくなりますからね。
すでに欧米では、トラックの隊列走行なんてしなくても、カーボンニュートラルなエネルギーを使ったレベル4のトラックを単独で走らせればいいという考えが主流です。こうした変化にキャッチアップしなければ、技術面からも日本は遅れをとる可能性があるでしょう。

世界は今、コロナインパクトで大きな価値変動の只中にあります。それなのに日本は、いまだに緊急事態宣言やワクチンなど、近視眼的な課題に追われている印象です。社会全体がどのように、これからの社会を“Re design” =再びデザインしていくかという議論こそ、今求められているのではないでしょうか。
(聞き手=北条かや)

【※1 SDGs(Sustainable Development Goals)=持続可能な開発目標:2015年の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標のこと。17のゴールと169のターゲットから構成され、「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを掲げている】

【※2 ESG投資:従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のこと。財務諸表だけでは分からない、CO2削減への取り組みや社会貢献、人権への対応などが重視される】

【※3 MaaS(Mobility-as-a-Service):自動運転やAI、オープンデータなどを掛け合わせ、次世代の交通を生み出す動きのこと。マイカー以外の公共交通機関をひとつのサービスとしてとらえ、IoTでシームレスにつなぐ新たな「移動」の概念】

【※4 CCS(Carbon dioxide Capture and Storage):二酸化炭素回収・貯留技術。火力発電所や大規模な工場などから排出されたCO2を、ほかの気体から分離して回収し、地中や海中深くに貯留する技術のこと】