自動運転とは何か。21世紀の革新的技術として期待と不安が高まる中で、自動運転に関するコミュニティサイトができるという。私見ではこのサイトの目的は、技術だけでなく、社会や経済、文化や生活などいろいろな視点から、人々が将来のモビリティ社会について考え行動するきっかけになる情報を提供し、多様な対話のネットワークを広げていくことにあると思う。自動運転の5W1H(何故、何時、何処で、誰が、何を、どうする)について、今一度落ち着いて考える時が来ている。
筆者に最近このサイトへの投稿依頼がきた。筆者は長年実務家として、科学技術政策の策定や宇宙、海洋、材料、バイオ、文理連携、研究機器開発などのマネジメントに携わってきた。その経験や知識をもとに、自動運転について、グローバリゼーションとAI・ビッグデータのデジタル革命が同時進行する時代の中で考えてみたい。
第1回は、権威あるアメリカ工学アカデミーが21世紀が始まる直前の1999年に公表した「20世紀の20大イノベ―ション」のリストを眺めながら、20世紀百年の歴史の中での自動車の位置づけについて考えてみる。
表をみていただきたい。リストの中で自動車に直接関係する項目は、第2位の「自動車」と11位の「高速道路」であろう。筆者は最初にこれを見た時、「自動車」は当然として「高速道路」が挙げられていることに感銘を受けた。自動車単体ではできない、20世紀文明を象徴する人とモノの大量・高速移動をこの巧妙にデザインされたインフラが可能にしたことは確かである。

この2項目にくわえて自動車に関係がありそうなものとして、水、エレクトロニクス、ラジオ・テレビ、農業、コンピュータ、電話、空調冷蔵、石油・ガス等が挙げられる。自動車技術と自動車産業が牽引して、大発明のほとんどを巻き込んで、アメリカを中心とする大量生産と大量消費の20世紀文明、産業構造、生活スタイルを築いてきたことは明らかである。まさに自動車は、社会経済と生活を抜本的に変えた20世紀最大のイノベーションだったのである。
その自動車産業が今「100年に一度の大転換期・危機」を迎えているという。
再びリストに戻ると13位に「インターネット」がある。もっと上位にあっていい気がして居心地が悪い。また、近年急成長したグーグルやアマゾン、フェイスブック等の「テック」産業がない。このリストが作られたのは今から20年前。「テック」をリーダーとするその後の急速なイノベーションと社会経済の構造変化を反映していないのは明らかで、21世紀前半のこの間の変化の激しさがよくわかる。
自動運転に戻ろう、この目的は何か。交通事故の減少、高齢者・交通弱者への移動支援、交通渋滞の解消、環境負荷の軽減等がよく挙げられる。20大イノベーションのリストには、その視点からの項目はひとつもない。選定の基準が、経済的価値、GDPの拡大だけに重点を置いていたのは明らかだ。リストに出ていない自動車の負の社会的インパクトではまず莫大な数の自動車事故死が挙げられる、途上国を中心に急増し世界全体で毎年125万人(日本は3500人)といわれる。また、自動車の排気ガス問題、日本ではある程度克服されてきたが、短期間で経済成長を目指す途上国にとってこの問題は今急速に深刻化している。
21世紀末に編まれるはずの「21世紀の大イノベーション」の選定基準には、経済的価値だけでなく、1999年には重視されていなかった、脱石油・石炭、持続可能性社会(SDGs)、人と生活の質などの新しい価値が加わることになるだろう。現在の自動運転の目的の中には既に、前世紀の価値観にはなかった環境や社会、人々の生き方が内包されている。私たちは、「自動運転」、「CASE」、「Maas」を考え語る時に、21世紀の社会と人と地球という視座をもたなければならないと思う。