運転は、認知~判断~操作の繰り返し。交通事故は認知遅れによるものが多くを占め、被害軽減ブレーキなどはその対策として位置づけられている。ただ“認知”をもう少し細かく見ると、“見る”と“認識する”に分けられる。つまり“見え”なければ始まらないのである。
人間は、どのくらい見えているのか。視野に障害のある人はなにが見えなくて、運転支援技術はどう対応できるのか。視野障害のある人への対策は、見えているのに認知できない人への研究にもつながる。
医学と工学連携で課題解決に取り組む

理化学研究所と名古屋大学、筑波大学などがチームとなって行っているのは、「視野障害を有する者に対する高度運転支援システムに関する研究」である。視野障害は免許証更新のときに検査項目となっている視力とは異なり、視界の一部が欠損したりゆがんで見えなかったりすること。代表的な原因のひとつに緑内障がある。40歳を超えると発症しやすく加齢とともに進行する。現在の医療では進行を抑えることしかできないうえ、やっかいなのは自分で気づきにくく、深刻な状況に進行してはじめて見えづらいことに気づくということだ。緑内障患者の9割が自覚症状がないとする報告もある。気づきにくい理由は、左右の視界が別々に欠けてくること、外側から欠けたり、中心近くが欠けても視力は保たれるため、運転免許証更新の視力検査ではひっかからないことなどが挙げられる。症状によっては、本人は視界が欠けているのではなく、あるべきものがただ、見えない。運転する場合は信号機や、いるはずのスクーターがそっくり消えているのだ。脳がおせっかいをして、ない部分の映像を勝手に補ってしまうからである。
研究チームでは、緑内障など視野障害を持つ患者の協力を得て検証を行っている。これにより、どの部分が欠損しているとどういう事故を起こしやすくなるのかを洗い出し、現在の運転支援技術の向上につなげていく。さらに、運転支援技術の限界を見極めることで、視野障害があっても安全に運転を継続できるモデルの構築を目指している。
ドライビングシミュレーターでデータを蓄積
簡易ドライビングシミュレーターを使った研究では、上半分が欠損している場合は信号の見落とし事例が多くみられる。一方、下半分に欠損が多いと左右から出てくるクルマや人が見落としがちになり、事故につながりやすいことがわかっている。さらに、軽度の小さな欠損であっても、信号、歩行者や自転車など小さいものが、たまたま欠損部に重なってしまうと見落としてしまうことも確認されている。
逆に、たとえ欠損部分が広い中等症、重症であっても被害軽減ブレーキがあれば、被害軽減ブレーキなしのクルマを運転する健常者よりも早い緊急停止が可能だというデータもある。

今回、患者用の簡易ドライビングシミュレーターではなく、名古屋大学に設置されている高精度運転シミュレーターに試乗させてもらった。高精度というだけあり、車両は軽自動車の前半分が設置され、運転席から見える景色は前と左右はもちろん、ルーム&サイドミラーからは後方の景色が確認でき、走り始めると足元の路面がものすごくリアルに流れていく。一時停止の場面で左右を確認するときなど、実際の運転行動と同じ感覚で周囲を見ることができ、それこそ高精度なデータがとれ、こうしたシミュレーターの技術向上も、より正確なデータ収集に寄与していると実感できる。
運転リスクの明確化と低減へ
この研究を通して感じたのは、やはり目で見ることは大切であり、見ることがすべての運転行動の基本になっているということだ。
自分はなにが見えているのか、なにが見えていないのか。そして、運転するとき、なにを見なくてはいけないのか。緑内障の病気は防げないかもしれないけれど、なっても早期に治療を開始すれば進行を遅らせることはできるし、自分の視野のどこが欠けているのかがわかれば、たとえば上半分が欠けているとしたら、注意深く信号機を探すといったように、対応した運転をすることもできる。実際、それで安全運転を続けている患者もいる。
運転支援技術が発達して、自分を支援してくれることはありがたいが、それよりもまず、自分自身を“見える”状態にしておくことが大切だと痛感している。