
永平寺。福井県永平寺町にある曹洞宗の大本山である。山の斜面という厳しい場所に立てられた建造物はすばらしく、仏殿や法堂などは、国の重要文化財の指定を受けている。この永平寺に行くには、えちぜん鉄道勝山永平寺線の永平寺口駅で降りるのだが、ここから約6kmの道のりで自動運転の車両が実証実験を行っている。
廃線跡を活用して実証実験
国土交通省と経済産業省が行っている、ラストマイル(最寄り駅から目的地までの短距離)を補完するための実証実験では、観光地モデル、コミュニティバス、市街地モデル、過疎地モデルとパターンを切り分け、全国7カ所(予定を含む)で行っているのだが、永平寺は過疎地モデルのひとつとして進められているのだ。
走行ルートは、2002年まで運行されていた京福電気鉄道の線路跡地で、今は“永平寺参ろーど”として歩行者と自転車が通る道である。
車両は、ヤマハ製電動カートを、国立研究開発法人産業技術総合研究所が改造した6人乗り(クルマ椅子を載せる5人乗りもあります)の“スマートEカート”。GPSアンテナ、前方や周辺を認知する前方カメラ、障害物を検知するレーザーレンジファインダなどが搭載されているほか、ルートには電磁誘導線が埋め込まれている。
運転席は無人。ひとりで2台を運用する遠隔型自動運転

ここで目指すのは、遠隔型自動運転である。遠隔操作室で、ひとりの担当者が数台の車両を監視・操作できれば、永平寺町でも起きている人手不足の解消になり、また、人件費を節約できて事業として成り立ちやすくなる。車両を安価なヤマハ製電動カートで作るのも、車両本体価格を抑えられるというメリットがあるのだ。
2018年から始まった走行実験は、積雪での技術検証を行ったのち、4月にはひとりが1台を運用する遠隔操作での短期実証実験、10月29日から約1カ月間、地域事業者による運行や、受容性の評価が行われ、11月29日には、世界初のひとりが2台を遠隔監視・操作する遠隔型自動運転の公道実証を行っている。
2019年には6カ月の長期サービス実証を行い、利用者総数6027人、うち、一般住民838人、観光客5016人、さらに下校児童173人が乗車した。
そして2020年7月。これまでは遠隔型自動運転としながらも、緊急時のために運転席には常に保安要員が座っていたが、ついに無人での実験が始まった。今回は、その車両への試乗である。ただし、いざというときのために今回は自転車に乗った関係者がついてきてくれた。

“参(まい)ろーど”は電磁誘導線が敷かれ、一般車両は進入禁止

無人とはいえ電磁誘導線にそって時速12kmほどで走るカートは、モノレールを走る電車の感覚に近く不安はまったくない。また、コースとして設定されている永平寺参ろーどには、平日に加えて新型コロナウイルスの影響もあるのか、歩いている人はほとんどおらず、まるで、木々に囲まれた小径を進むアトラクションのクルマに乗っている気分である。
正直なところ、これまで遠隔型自動運転は信頼できず、不安のほうが大きかったのだが、こうして体験すると、一般車両が侵入しないルートであれば事故の確率は格段に低くなる。また、速度が低くて人に対する加害性は低く、前や横に障害物を検知して止まるシステムが機能しているのであれば、人に対する危険も相当低い。いざというときは、遠隔操作室から電動アシスト自転車で猛ダッシュすれば1分もかからずに現場まで到着できるのであれば、緊急時の対応もしやすいだろう。
事業化に向けた課題と期待
今後は、このシステムをいかに事業として成り立たせていくかである。2020年12月からは、現在、無料で行っているものを有料にし、賃金体系や収受方法の検討に入る。最終的には移動の足として住民が利用するだけでなく、永平寺を訪れる年間50万人の観光客の利用を進めて乗車率を上げていかなければならないだろう。
技術者にとっての自動運転車両は「安全に確実に走らせること」が目的だが、永平寺町にとっては、自動運転車両という移動手段を使い、町を活性化し、町民の幸せにつなげることが目的だ。永平寺は2019年、旧参道に禅コンシェルジュが招く親禅の宿として、柏樹関(はくじゅかん)をオープンさせた。永平寺町も禅の精神を街づくりに取り入れ、観光に力を入れている。観光需要の増加と移動のための自動運転車両がうまくかみ合い、正のスパイラルを作っていくことが大事なのである。
最後に、この自動運転車両は下校する小学生も使っている。まだ頭のやわらかい彼らが、当たり前のように無人のクルマに乗る。日常に自動運転がある彼らはどんな未来を作るのか、とても楽しみである。そしていつも思うのは、こうした事業を進めるのは、強いリーダーシップのもと、町民の幸福度をいかに上げるかに尽力する、自治体の職員だということだ。自動運転はあくまでもツールのひとつであり、いかに活用するかにかかっている。
