自動運転等の先端技術は、都市構造や産業、人々のライフスタイルを大きく変容させる可能性がある。こうした可能性には世界の名だたる企業が目を向けており、Google子会社のSidewalk Labsが進めてきたSidewalk Tronto(2020年5月8日にプロジェクト中断)、トヨタがCES2020で発表し裾野市に計画予定のWoven Cityなど、各々の技術的強みを生かしたプロジェクトが立ち上がり進行中だ。自動運転は21世紀の革新的技術というが、技術は実用を通じてその真価が磨かれるものである。自動運転は、どうすれば私たちが暮らす都市・地域、ひいては日々経験している世界を変えるだけのインパクトを持つものに発展できるのだろうか? 日本の離島・小豆島で筆者自身が関わった事例をもとに検証を行おう。
社会ニーズの洞察 – 小豆島での調査・実験より
まず自動運転の実用化・普及には、今から数年以上かかることが予想されることから、今の社会を前提に考えてもあまり意味がない。そのインパクトを論じる前に次の5-10年ほどの間に急速に進展するであろう社会変化を踏まえ、そこで高まるであろうニーズを知ることが重要である。SIP-adusでは2016年より「市民ダイアログ」という取り組みが実施されており、筆者はこれを将来の社会ニーズを元に、実証実験の枠組みの要件分析をするための場だと考えている。市民ダイアログのなかでも、私も運営補佐として参加した2018年香川県小豆島の会が非常に示唆に富んだ会であったので要点を紹介したい。
本ダイアログにはバス事業者、フェリー事業者といった地元の交通関係者はもちろんのこと、80歳を超える婦人会の方や、島にひとつしかない高校に通う生徒会の学生なども参加した。当初予期していたのは「自動運転は安全かわからないので欲しくない」といった反応であったが、実際はまったく異なる結果となった。新しい技術がもたらすリスクに懸念はもちろんあったものの、このままでは人口減少で「島がなくなってしまう」ことが怖く、小豆島らしい島を残していきたい、という持続可能性に対する指摘が婦人会会員よりなされた。また、最年少の参加者であった高校生からは「島には大学がないが、モビリティの実験をして、高校生に新しい機会が欲しい」と、小豆島における産官学連携の提案がなされた。

「移動」のことしか考えないのはもったいない
小豆島の事例から示唆されるのは、「自動運転」を地域に投入していくなかで、「移動」の問題やそれに関わる領域しか波及範囲として想定しないのは非常にもったいないということであろう。小豆島の人口は戦後6万2000人から2万8000人へと半分以下に減少している。交通等のオペレーションを機械化・電子化して効率化を図り、人々の居住圏を現状維持してゆくことはもちろん重要ではあるが、顕在化している既存のニーズに合わせて最適化するのみでは、その先に待っているのは縮退の道である。一方、自動運転は未来の技術であるがゆえ、市民自身が現状を離れてほしい未来を考えることをサポートする。そうすることで、地域のあるべき姿からバックキャストして、その地域における技術のあり方を模索することができるのではなかろうか。
例えば、「小豆島を新しい技術の研究に触れられる島にする」ビジョンを考え出すのは、自動運転のようなコンセプトが投げかけられることなしには難しいだろう。そうして各地のコミュニティ社会の潜在的なニーズに着目してゆくことによって、自動運転という技術がどのように威力を発揮してゆくべきかがもう少し見えてくるのではなかろうか。そのような潜在的なニーズに着目する社会実装プロセスを取ってはじめて、持続的なコミュニティのあり方を見据えた包括的な視点で、自動運転のビジネスモデルを構築してゆくことができる。
実用化アプローチとしてのモビリティサービス
自動運転には「移動」に限らない大きなポテンシャルがあるとわかったが、どうやってそれを実用化するか。実用化とは、近年実施されてきた実証実験(FOT)を超え、運営者にベネフィットを還元でき、最低でも6カ月は継続できるような中長期の取り組みを行うということだと私は定義している。そのためには、地元住民だけでなく観光客や非交通事業者なども巻き込み、飲んだ後の運転代行やホテルの手ぶら観光など既存のOD(目的地・出発地)に限定されない移動を需要と供給双方の面で生み出すにとらわれないサービスであることなどが挙げられる。SDGs 11thに掲げられている持続的な社会エコシステムの実現に寄与できるようなものをつくるのが実用化だ。
しかし、既存の交通システムより多くのステークホルダーを巻き込み、潜在的な移動需要を包含したマネジメントには難易度が伴う。運営者が各ステークホルダーのニーズを把握し、より少数多様なニーズに応えてゆく必要性があるため、既存の交通マネジメントの仕組みでは不十分だ。ただでさえ人手が足りていない地方でより効果的なマネジメントを実現するためには、新しい方法が必要だ。私は、モビリティサービス、あるいはMobility as a Service(MaaS=マース)を進める根拠がここにあると考える。モビリティサービスは、単に移動するための手段にとどまらず、様々な事業者のオペレーションをデータを用いて統合的かつ効果的に改善・発展させる仕組みだからである。
このようにモビリティサービスを「様々な事業者のオペレーションをデータを用いて統合的かつ効果的に改善・発展させる仕組み」と捉えれば、モビリティは単純な移動のしやすさや能力ではなく、コミュニティにおいて人々が欲する活動にアクセスし、それを達成するための手段である。この考え方は、移動のストレスの大きい都会にも、人手不足に苦しむ地方の都市・地域にも当てはまる。今は地方都市や過疎地域だけでなく、首都圏や大都市圏を含めて、どこもピークタイムにおける需給バランスは逼迫し、逆に閑散な時間帯・時期においては著しく効率性が下がっている状態である。このような状況ではむろん、単純に移動のしやすさをあげていくより、人々の「活動需要(移動需要ではないことに注意)」により迫るマネジメント方法が求められるだろう。さらに言えば、活動の背景にある固有のニーズを特定した上で、そのニーズをより深く満たすサービスを提供することで、移動の社会的コストに見合うよう効用を高めてゆくほうがスマートだ。効用を高めることでリターンを得ることも期待できる。
モビリティサービスを俯瞰する主体の必要性
モビリティサービスを通じて、地域や市民の声を集約し、効果的かつ持続的な移動のビジネスモデルの検証を進めることができるわけだが、問題はそれをどうやって各地で実行していくかだ。日本の官庁や企業において、モビリティサービスと自動運転は明確に担当が分かれていることが多いように思われるが、これからはふたつをまたいだ仕掛けを進める主体が必要だ。これは単に自動運転車を使ったMaaSをやる事業者のことではない。それでは移動を超えたインパクトを作れない。必要なのは、地域社会や一般市民のニーズに応えるマーケットインのアプローチで、各地のコミュニティのニーズに応じた技術をサービスとして設計・実装する主体である。そのためには市民ダイアログで参加者の方々が語っていたような深い部分の願望を引き出せるような市民・顧客との密接な関係が重要だ。また、単に願望を引き出して終わりではなく、それを達成されなければならないし、その実現手段をデータを用いて継続的に改善するような仕組みも必要だ。
マルチステークホルダー戦略と地域版SIP
このような主体や仕組みがあれば、自動運転の実用化に向けた実証実験の枠組みも変わってくるのではないか。昨今、漸次的な実用化のため運行設計領域(ODD)を念頭に置いた実証実験が増えているが、運行そのもののみではサステナブルに維持することが難しいのを踏まえる必要がある。運行の具体的な方法以外にも、車両のデザインや乗車中に消費するコンテンツ、サービスの利用に係るユーザーインタフェースなど関わるすべてを、人々の生活コミュニティ(地縁コミュニティとは限らない)を持続的に支えるシステムを構成する機能や特徴として考える必要がある。
新たな枠組みを実現するためには、ステークホルダー同士の連携方法も変わるべきだろう。SIPをはじめ、自動運転に関わるプロジェクトの多くで産官学連携や文理融合のアプローチが取られているが、あくまでモビリティ中心でステークホルダーを集めている。一方、地域社会の課題を中心でモビリティを含む様々な先端技術を応用していくような体制も不可欠だろう。それは全員が全員、異なるインセンティブを持ちながら将来の課題に対処するマルチステークホルダー戦略である。日本全国各地で自動運転やMaaSの実証実験が進行するなか、私たちの世界を変えるようなインパクトを生み出すために本当に必要なのは、最後まで各地域に張り付いて実現していく主体であり、それを構成する人材やネットワークである。SIPがこれまで霞ヶ関で進めてきた府省間・分野間の産官学連携をローカルな視点から再構築し、本当に都市・地域にテクノロジードリブンな変化を生み出すための「地域版SIP」のような枠組みがあるとよいのではなかろうか。