私は大学院(機械工学)において精密機械工学分野で設計学を学んでいました。卒業後は、どんな職種がいいか考えていた頃、遠方に住む祖父が体調を崩し、バイトのない日は片道2時間かけて病院にお見舞いに行っていました。その道中、「もっと人と人が会いやすくなれば、もっと人を移動しやすくしたい」と考えるようになり、JR東日本に入社しました。入社後は、新幹線の車両メンテナンス業務、在来線の車掌と運転士、輸送指令の現場経験後、ICTを活用したサービス開発や研究開発業務に従事しました。

人の移動を考える上で国内外調査などを行っていると、2013年頃からITS世界会議などで交通のデジタル化やMaaSというキーワードがトレンドとなってきて、自分のやりたいことに近いと注目していました。業務の傍ら、朝夕や土日を使って大学院に通い、MaaSに近い概念を研究していました。そのころお世話になっていたのが、東京大学須田義大教授でした。
須田教授は、自動運転研究の第一人者。鉄道や公共交通にも造詣が深く、自動運転の社会実装とともに、MaaSのような移動のプラットフォームのような仕組みが必要になっているという示唆を得て、研究、アドバイスと公私ともに様々なご指導を賜ってきました。
クルマから鉄道、バス、タクシーまで、あらゆるモビリティがシームレスにつながるMaaSの世界観を実現することに自分の持っている可能性をかけてみたいという想いからJR東日本を退職し、現在のMaaS Tech Japanを立ち上げました。
事業としては、MaaSソリューション開発をコア事業とし、MaaS自体の普及のためのメディア事業や、企業の方々へMaaSのノウハウを提供するコンサルティング事業なども行っています。MaaSの世界観を多くの方に知ってもらい、その土台となるシステムを提供できればと考えています。

さて、それではモビリティ業界でふたつのホットワードでもあるMaaSと自動運転技術はどう関わっていくのでしょうか。
それを深く考える契機であったのが、2013年に東京で開催されたITS世界会議でした。東京大学と千葉県柏市、JR東日本、東武鉄道などで行った産官学連携プロジェクトで、“柏市公共交通情報連携アプリ”という、異なる事業者間で鉄道とバスのリアルタイム位置情報データを連携し、スマホアプリで提供した国内初の実証実験を行いました。ちょうどスマートフォンの普及期であったタイミングでもありましたが、このあと鉄道やバス事業者において積極的にデジタル化やスマートフォン向けに情報発信が進み、現在のMaaSの取り組みの基盤が構築された時期であったと考えます。このときには、自動運転実証実験も数多く行われるようになっており、柏市での実証アプリは鉄道とバスのみでしたが、リアルタイムなモビリティの情報がユーザの手元に集約されることで、人が移動したいように自動運転車も公共交通もニーズにあわせて最適な運行をするような「真のデマンド交通」も近い将来実現するだろうと感じました。
自動運転技術との組み合わせで考えれば、限定地域でも実用化しようというレベル4以降の自動運転車は、個人が所有して走るものではなく、サービスカーとして想定されます。それがオンデマンドバスなのか、複数乗車の乗り合いタクシーなのか、想定される事業モデルはさまざまですが当然MaaSとして公共交通や都市交通計画との連携も望まれます。

CES2020においても、トヨタ自動車から「WovenCity」という街づくりにチャレンジしていく構想が発表されましたし、欧米の自動車メーカーや自動運転技術者、ライドシェア事業者と交通系カンファレンスで会話すると、自社の提供する商品や価値が都市や環境にどう受容されようとしているか、また都市計画や交通計画に対する深く造詣があることに驚かされます。
それを考えると日本でも自動運転技術の進展とともに、その自動運転車がその安全面や機能面だけではなく、人の移動や生活、ひいては雇用創出を含めた産業としてどのように社会に提案し、それが受容されるのかということを広く考えるフェーズなのかもしれません。それは自動運転側からのアプローチでもありますが、MaaS側から積極的に自動運転車を導入しようとすることで実現可能性も高まります。
その課題感をSBドライブの代表取締役である佐治友基氏に相談し、2019年10月に北海道上士幌町においてMaaS×自動運転、あわせて貨客混載的な実証実験を行いました。上士幌町ではその前から自動運転車の導入に積極的でありましたが、今後人口減少や少子高齢化などにより、人を移動させることも、モノを移動させることも人手を介して行えなくなる。もしくはそうならずとも、少ない街の労働力から運転業務を開放できれば、もっと違う産業創出や課題解決にフォーカスできるのではないかという考えから下の図のような取り組みを行いました。
3日間の実証実験でしたが、実際に人をのせて公道を走行する自動運転車と、マルチモーダルに様々なモビリティサービスを統合的に提供するMaaSを同じ場所、同じ目的の実証で行えたことは非常に多くの示唆を得ることができました。今後は、自動運転技術の実用化にあわせて持続可能な地域交通の再構築スキームなどとあわせて、より進んだ取り組みを実施していきたいと考えています。

