自動車業界からの情報発信の一環として開催された「東京モーターショーシンポジウム2019」。昨年の11月2日、ビッグサイト会議棟にて「SIP自動運転シンポジウム 持続可能な社会における自動運転の役割〜安全・安心な未来に向けて〜」が実施されました。
Society5.0で実現する社会のなかで、自動運転は少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差といった課題の克服に役立ちます。ICTを活用して住民生活の質の向上、またSDGsに積極的に取り組み持続可能な社会を目指す自治体を紹介すると共に、自動運転に必要不可欠な安全安心をどう確保し、持続可能な社会に向け貢献できるのかを議論しました。

長野県伊那市企画部長・飯島智氏はシンポジウムに講演者として参加。先端をいく取り組みについて語っていただいた

当日の講演いただいた、長野県伊那市企画部長の飯島智氏に、これまでの取り組みや、これからの課題などお話を伺った。伊那市は自動運転の実証実験を一昨年に実施。AIによる最適運行・自動配車サービスや遠隔医療、ドローン物流など、地域の活性化や住民の利便性向上を狙いに様々な取り組みに力を入れています。昨年には市民ダイアログも開催。交通、物流、農林事業者や観光、教育、医療、福祉関係者などが参加し、グループ討議を行っています。「移動に関する課題・期待、住み続けたい街とは」「自動運転の活用、これからの移動サービス」について話し合いました。ICT事業の取り組みなど、伊那市の現状を語っていただきます。聞き手はSIP自動運転推進委員会構成員でもあるジャーナリスト岩貞るみこ氏です。

伊那市では、SIP-adusの取り組みのひとつである、道の駅を拠点とした自動運転による移動サービスの実証実験を行ってきました

伊那市では道の駅「南アルプスむら長谷」を拠点とした自動運転サービスについて、2018年2月11から15日までの5日間、11月5日から29日までの長期にわたり実証実験を行いました

「以前は、農協が食料品などの移動販売をバスで行っていましたが、客の減少で成り立たなくなりました。自動運転車は、地方部の移動を実現するものとして期待しています。ただ、自動運転だけですべての問題が解決できるわけではありません。ほかのシステムを組み合わせることにより、もっと使いやすいシステムになると感じています」

具体的には、どのような取り組みですか

「たとえば日々の買い物の場合、自動運転車はスーパーから集落にある公民館まで物を運び、そのあとは個別に運ぶというやり方です。それぞれの自宅まで自動運転車を走らせなくていいため、設備投資が抑えられます。公民館からの二次配送は、すでに10kgまでの物資を運べるドローンで実験を行っています。もちろん、元気な人は公民館まで取りに来てもらってもいい。取りに来られない人は、近所の人についでに持っていってもらうやり方もあります。取りに来てもらえば、高齢者に外出を促すことができ、健康に寄与して医療費の支出を抑えることが期待できますし、近所の人に運んでもらえば、ご近所同士のつながりで見守り効果も高まります。市の財源には限りがありますから、ひとつの施策からシナジーで、さまざまな効果が生まれるのが望ましいはずです」

高齢者にスマホやタブレットは厳しいという声もあります

スマートフォンがなくても、ケーブルテレビを活用して日常生活で慣れ親しんだテレビのリモコンで、いろいろなサービスが活用できるよう取り組んでいます

「伊那市では、ケーブルTVを利用しています。高齢者はテレビが友達。スマホは使えなくてもテレビのリモコンは使いこなしているので、これで買い物のオーダーができます。ドローンのような新しいものは、女性のほうが拒絶反応は低い。アンケートでは7割以上が好意的です。女性は技術の細かいことよりも、自分にとって便利かどうか感覚で判断しているようです。天気が悪くてドローンが使えないときに人が運んでいくと、『あら、ドローンじゃないの?』とがっかりされます。ドローンを高性能化する手もありますが、市民からは、金のかかるテクノロジーだけではなく、地域住民の協力をあおいだほうがよい面があるのではないかという声も届いています。自動運転車も、高性能な無人にするより、車掌がいて、乗り降りの手助けをするほうが逆にいいことがあります。伊那市が目指すのは、“温かみのあるICT”です」

移住定住政策にも積極的に取り組んでいますね

「地方創生アルカディア構想を立ち上げて推進しています。2018年は、人口の流出より流入が上まわりました。特に増加を期待したいのは、20~40代の結婚、出産、子育てに係る世代の方々です。こうした世代は医療や教育など、多岐にわたる情報が必要なこともあり、24時間対応できるLINEの無料版を使って、AIによるチャットを導入する予定です。また、雪かきしてほしい、送り迎えが必要などのちょっとした困りごとは、これまで行政が集約して対応していたのですが、これからは地域ごとにチーム化して、クラウド上にコミュニティを作り、ここに情報を上げてもらう。サイボウズのシステムを利用して地域ごとに対応できる仕組みを作っています。こうしたデータを分析して伊那市に移住するとどういう生活ができるのか、提供して不安を払拭する仕組み作りも行っています」

新しいICT技術に積極的に取り組み、とてもうまく回っていると感じます

教室に電子黒板、パソコン、プロジェクター、タブレットなどが導入され、ICT教育のモデル都市にもなっています。小学校間ではインターネットを活用して合同授業も行われています

「小中学校では、テレビ会議ツールを活用した遠隔合同授業。また、GPSを利用したスマート農業、遠隔診察など市民の生活に係ることは多角的に取り組んでいます。これまで新しい政策は、まわりの市町村が導入して大丈夫そうならやるというスタンスでしたが、現在の白鳥市長は、伊那市初の民間出身市長で、『守りに入るな、つねにパイオニアであれ!』と言います。最初に挑戦すると、大手の民間企業とタッグを組みやすい。二番目ではダメなんです。未知の取り組みには覚悟が必要ですが、失敗してもいい、チャレンジしろという空気が今の伊那市にはあります。課題は、人と財源。市役所の人間は、数年で異動があります。また、専門知識がないので大手企業とのやりとりがうまくできません。なので、民間企業との人事交流である地域おこし企業人交流プログラムを利用し、専門的なことがわかる人に担当してもらっています」

地方部にとって財源は厳しいものがあるはずです

自動運転サービスをはじめ、遠隔医療、ドローン物流、ICT教育など、新しい街づくりに積極的に取り組む伊那市。市民の声に耳を傾けながら、近未来都市へと歩みを進めています

「正直なところ、地方都市の財源だけでなにかをやるのはむずかしい。だから、シナジー効果をつねに考えています。また、今回は、地方創生の国の予算を利用しました。1年で結果を出せという短期の予算は使いにくいので、3~5年の長期で使えるものを利用しています。いつ、どういう予算が使えるのかについてはいつもアンテナを張って情報収集しています。足を使ってたくさんの人に会い、情報を仕入れる。政策はトレンディであれ! です。行政の役割は、市民の幸福度を上げること。自動運転もドローンも目的ではなく、幸福度を上げるための手段です。あらゆる可能性を探りながら、これからも進めていくつもりです」